メルマガ244号コラムより『決める時』

  • 2019.07.27 Saturday
  • 10:30

 

*お知らせ*
8月は恒例のアメリカ帰省をしますので、メルマガも夏休みをいただきます。


配信日:July 26, 2019


『決める時』

あなたは、自分に関わる大きなことを決める時、どのように決めていますか?

今年は期せずして、色々と家族や自分に関して決めることを迫られている私。その度に色々と内面を掘り下げて考え、ベストと思われることを決めていくのですが、先日ふと気づいたことがありました。

その一つに、私が今もっている国際コーチ連盟の資格を年末までに更新しなければならず、そのためには40時間の継続学習が必要。何を学習しようか....と迷っていた時に、友人のコーチから「ねえ、マスターレベルの資格に一緒に挑戦しない?」と誘われたのです。これは現存のコーチ資格ではトップレベルで世界共通のもの。私の反応は「そんなの無理無理!今年は今の資格更新でいいよー」でした。

が、数週間の時を経るうちに「もしかしてマスターが取れたら」とか「何をクリアすれば取れるのだろう」などなど色気が芽生え(笑)、
静かに考え始めていた自分に気づきました。そして同時に「いやいや、その険しい道はやめておこう」とか「まだ無理・・・」など否定する声が多く出てきました。

が、更に数週間経つと...「無理かもしれないけど、調べるだけ調べてみよう」と重い腰を上げている自分に気づきました。おそらく、この時点で8割はマスター資格に挑戦することを決めていたように思います。そして昨日、既に申し込んでいた現資格更新のためのワークショップをキャンセルし、次の上級資格に挑戦することを決めたのでした。

・・・こうして振り返ってみると、友人に誘われてから数日後には心の奥底で「やる」ことをうっすら決め、それを前提に色々と考え動いていたように思います。どうせやるなら自分の最高峰を狙え、と常にクライアントさんの背中を押しているコーチとしては自分がやらんでどーする!...ですよね(あー、辛い商売に足を突っ込んだもんだ〜笑)。

それは、「やる」という気持ちが心の奥底にあるなら、そこに到達するための内的プロセスを「心と頭」の間を何度も何度も行き来し、一つずつハードルを超えて着地したような感覚でした。


そして、また別件の「決める」プロセスで気づいたことがあります。この行きつ戻りつの最中に誰かに話し、「ええっ、大丈夫?」などと騒がれたり不安や恐怖心を煽られるような言動があると、私はとても気持ちが揺れ乱れ、その相手に対して腹が立ってくる(笑)。だから、それらを上手くブロックする工夫も大切なのだと。相手の不安が私自身の不安より大きくなってしまうと、そのこと自体がプレッシャーになるのですね。


やるのは自分。

そして、

その結果を受け入れるのも自分ですから、しっかり納得して決めたい。


ということで、この夏はまたまた新しい挑戦に向かう夏、になりそうです。


 

メルマガ243号コラムより『セルフ・アジリティ』

  • 2019.07.17 Wednesday
  • 11:18

配信日:July 12, 2019


『セルフ・アジリティ』


最近、本屋さんのビジネスセクションや新書コーナーに行くと目につくタイトルに、

 昭和のオッサンXXX
 昭和から令和のリーダーになるためのXXX

などがあります。

昭和は遠くなりにけり。
いつまでも会社で昭和の成功体験や既得権益を振りかざしていてはダメですよ〜
頑固に自分の価値観だけに固執していては、今どきのリーダーになれませんよ〜
時代の変化に合わせてあなたも変わらないと置き去りにされますよ〜

と言う内容の本なのですよね。組織内でも昭和の高度経済成長の余韻を楽しめた世代と20代の若手との価値観があまりにもかけ離れすぎて、間にはさまった35〜45歳あたりが疲弊している...というのはよく耳にする話。

因みにここで言及しておきたい大切なことは、この”昭和のオッサン”という概念(今や)は中高年の男性だけを指すのではなく、気持ちが上記のような状態になっている女性や若い世代にも言えるものだと私は考えています。

ここで話は少し飛びますが、

近年の組織開発用語に、『アジリティ』という聞きなれない言葉が頻繁に登場します。これは、『めまぐるしく変化する環境や状況に合わせて即応するための機敏性』という意味合いがあります。

これを個人に当てはめると『セルフ・アジリティ』。
「その時々の状況の変化に合わせて柔軟に自分のあり方や考え方を変えられる力」と言えるかもしれません。

周りに習えで自分を変えましょう、とか根こそぎ自分を変えましょうという話では決してありません。日々の生活で困難な状況に陥ったときに、勇気を出して、必要な分だけ自分のあり方や考え方を変えて対応してみよう!ということ。

その悩みの深さによって自分を変化させる幅も深さも変わってくるのですが、もう無理・・・とあきらめてしまう前に「自分の何を変えると可能になるだろう?」と枠の外に出て考えてみる。

勇気のいることではあるけれど、たまに"昭和のオッサン"になりそうになる私としては、ぜひ覚えておきたいあり方だと思っています。


 

メルマガ242号コラムより『暗黙のルール?』

  • 2019.06.28 Friday
  • 20:44

June 28, 2019


『暗黙のルール?』


先日の通勤ラッシュでのこと。渋谷行きの既に超満員の車両が目の前に止まり、「あぐぐ...」と思いなら背中から中の人を押すように乗り込み、”早よドア閉まってー”と心で願っていたら。

「お願いです、私たちこれに乗らないといけないのです!乗せてください!」

と半分叫びながら60代と思われるおば様二人が、なんと背中からではなく正面からグイグイ乗り込んで来られて(少なくとも東京の通勤ラッシュ時には背中から乗るという暗黙の了解あり)。

しかもリュックのポケットが閉まるドアに挟まれたらしく「きゃー、身動きできないわっ」(車内ではリュックは前にというルールもある)。仕方なく私とドアのすぐ横に立っておられた女性と二人でリュックをおば様の身体越しにひっぱるも取れず、そのまま「しゅっぱーつ進行〜」。次の駅までそのお二人は「こんなに混んでるって知らなかったわねー」とつぶやかれていたけれど、周りの人がなんと思っていたか・・・は定かではない(笑)。

そして次の駅で大量の人がドッと降りることを知っている私は止まる直前に、”この感じでいくとこの二人は後ろずさって降りなければならず、ひとつ間違ってこけたりされたら大変だ...“と思ったので、「こけないように腕もっていますからね」とおば様の腕をつかんだところ、ドアの横の女性も「では私はリュックを持って支えていますから」と、ひえ〜ひえ〜っと叫ぶおば様を抱きかかえるようにして、無事、降りたのデシタ。

そして何と、私がそこから乗り継いだ次の電車にもそのお二人はおられたようで、「手とかリュックを持っててくださったから良かったわねー、ああこわかったわねえ」という声が遠くから聞こえた...という(笑)

・・・このように、日本には見えないけれど皆んな知っていて粛々と従っている(と思われる)社会的なルールがいくつもいくつもあって、それを知らない人間にとっては、何がわかっていないのかわからず大変なのですよね。

電車とかエスカレーターとか目で見えるルールはそれでも徐々に習うことができますが、やっかいなのは組織文化や人間関係上の目に見えないルール。15年ぶりに帰国した頃の私もこれには苦慮したり恥をかいた記憶が多々あるので、知らないと思われる方々は「どれだけ不安だろう...」とつい思ってしまいます。(あ、いまだに「プッ」と笑われることはあるので、あんまりエラそーには言えないのですが)


新入社員、中途入社社員、転校してきたご家族、引っ越ししてきたばかりのマンションの人・・・
私の周りにおられる「新しい人」には、おせっかいと思われようとも、やっぱり恥ずかしがらず勇気をだして声がけをしていきたいと思った電車の一件でした!


 

メルマガ241号コラムより『犬になるって!?』

  • 2019.06.15 Saturday
  • 10:30

配信日:June 14, 2019


『犬になるって!?』


私は昔から生物(医学)や生態系のドキュメンタリーが好きで、妊娠していた頃は日々変化する自分の身体で何が起こっているのか興味が尽きず、夫に呆れられるほど連日ディスカバリーチャンネルにかぶりついていました(笑)。

で、先日、「犬と人間はどうしてこうも仲良くできるのか?」というテーマのドキュメンタリーを観ながら、驚いたことが!

犬の祖先が狼であることはよく知られているところ。私たちの祖先が、狼の子供から穏やかな子を選び育てる過程で、人は熊などの外的からその狼に守ってもらい、狼は人から餌をもらい...と少しずつ人間との生活に馴染んできたと推測されています。

そしてロシアでは、60年に亘って行われている「キツネと人」の研究があり。狼と同じように、穏やかなキツネの子を選び、別の穏やかな子とかけ合わせ・・・を続けていくと、6世代目にはなんと、あのキツネが丸い目の犬とそっくりの顔になり耳も下がっていた!そして”お手”や”おかわり”をする「人と犬」のような関係性になっていたのです。あれがキツネ?と、犬のように人間と目を合わせて振る舞う姿にびっくりしました。


犬になることが、果たして一部のキツネや狼にとって良かったのかどうか...はさておき、生き物がもつ順応性ってものすごい〜と、その変化に心が揺さぶられました。

生き物って、周りの関係性に合わせて本来の姿と違う生き物になれるのですね。


翻って・・・私は誰かのため、何かのために、本来と違う生き物になっていないか?(なったことあったよね....)と胸に問うた、ヒリヒリする時間でもありました(そこっっっ!?笑)



 

メルマガ240号コラムより『願う』

  • 2019.05.25 Saturday
  • 10:00

May 24, 2019


『願う』

うちの家から駅までの道のりに小さい神社とお寺があります。
先日ひと仕事を終え疲れての帰路、「もう魔法で家をここに持ってきたい・・・」
とブツブツ思いながら神社近くにさしかかったとき、親子がそれぞれ自転車に
乗って大きな声で楽しそうに話しをしながら横を取り過ぎていきました。

そして、サングラス&ヒゲのちょいワル風のそのお父さん、神社の前で
キチンと自転車を止めて、手を胸の前に合わせて祈られて。
もちろん、息子ちゃんもその後に続き・・・

私にはちょっと意外な展開だったのでびっくり。そして同時にほっこりした
気分になり、そのまま私もつられて手を合わせたら、何だか気分爽やか〜。

・・・ほんの10秒ほどのことなのに、不思議なものですね!


コーチングとは『他力本願ではなく、自分の力で自分の人生を切り拓く生き方を
考え続けること』という風に私は捉えているのですが、時には、立ち止まることも
大切。そんな時に私は星を見ながら祈ったりすることがあります。

XXがうまくいきますように
XXさんがXXになれますように
XXであることを感謝します...

そして、なぜそう願うのか?そしてそのために何ができるのか?を考えます。
コーチゆえ、願いっぱなしにできないカラダになっている、、、笑

おそらくそのプロセスで、本当に自分が欲している物事、心底必要としている
物事は何か、なぜか、をプロセスする時間にしているのかもしれません。
そういう時間をもつと、自然に心のざわつきが収まることがあるからです。

コーチングではこういう時間を「セルフ・チェックイン」と呼びますが、
習慣づけるとちょっとの時間でで気持ちが整理できたりするのでオススメです。

....ということで、そのちょいワル父さんとお子さんの願いが叶いますように!


 

メルマガ239号コラムより『人の視点』

  • 2019.05.11 Saturday
  • 10:04

配信日:May 10, 2019


『人の視点』

先日のこと。混雑した渋谷駅を歩いていたら、なにやら大声で地図に頭を寄せて
話している外国人のグループが・・・

アメリカ暮らしを始めた頃、私は迷子になる度に現地の人の優しさのおかげで
目的地に着くことができたという感謝&原体験があるため、迷っている外国人を
見るといても立ってもいられなくなる習性?ができていて、声をかけました。

 May I help you?

 あ、たすかった。この人、教えてくれるって・・・!
 (とイタリア語でおそらく言い合っていたと推測。笑)

 どこに行きたいのですか? 

 スクランブル交差点!

・・・そのあとは交差点に行きたいなんて、と全員で大爆笑。


そして駅の反対側にある通路のガラス窓を指差せば、、、
スクランブル交差点をざざ〜っと渡る人の群を、わっという声にもならない声と
共に興味深げに見入る外国人観光客たちの山があり、二度、びっくり。

グッドラック!と声をかけて(笑)、さよならしたのでした。


いやはや知りませんでした。今の私の日常の中にすっぽり埋もれてしまっている
スクランブル交差点を眺めることが、観光の一つになっていたとは!

人の視点って、自分に新しくて面白い角度をつけくれるなあと感じました。

組織におけるダイバーシティの大切さ、ということが頻繁に叫ばれている昨今、
一度、自分の目を捨て他者の目と入れ替えることの大事さを、私も含めどれほどの
人が実感・実践できているのだろうか、、、と思った出来事でした。

あなたの目の前にある、そのことを、

 外国人の目でみたら
 女性の目でみたら
 男性の目でみたら
 LGBTの目でみたら
 子供の目でみたら
 80歳の目でみたら
 障害者の目でみたら、、、
 
そして

 改めてその景色を私の目に戻してみたら?


思い込みや既得権、先入観に制約・・・私たちの目を縛るそれらのことから
時には離れて、あなたの周りを見てみませんか?



 

メルマガ238号コラムより『世代間ギャップって・・・』

  • 2019.04.27 Saturday
  • 10:00

配信日:April 26, 2019


『世代間ギャップって・・・』


日本の労働人口が先細るなか、ようやく女性や外国人、そして新卒の皆さんなど
これまである意味、”周辺化”されてきた立場の方々がようやく日の目をみられる
時代がやってきた...と感じる今日このごろ。よく最近とりざたされているなあと
感じることに「世代間ギャップ」というのがあります。

「久美さん、組織内の世代間ギャップはどう埋めればいいのでしょう?」
と相談を受けることが多くなってきているのです。


私たちが「明治時代、大正時代」と呼ぶように「昭和時代」と我が昭和(!笑)
を呼ぶ若者たちがいて。気づけば平成が終わり時代は令和へ・・・

私は大学生時代が超バブル期と重なっていて、踊り明かした朝焼けの中、鴨川の
屋台のラーメン食べてから帰宅・・・などやっていた時代もあり、超昭和な父が、
「おまえがわからん...」とよくため息をついていたのを覚えています。ははは

そして今、私の世代が部長クラスになっていて、デジタルネイティブである若者を
見てため息をついている...大げさな言い方ですが、”時代は繰り返す”を目の当たり
にしている感じがあります。

でも、ね。

私の信条から言えば、『人は人』だと思うのです。

生活を取り巻く環境が大きく違うから、色々な物事への価値観が世代で変わるのは
当然のこと。でもその中で生きている『人』ひとりひとりの中には、悲喜こもごも、
紆余曲折、成功と失敗、善と悪、挑戦と挫折・・・があって。

それら人生の出来事から、その人らしい信念や価値観が生まれるのという仕組みには
変わりがないからです。つまり、時代背景が違うので感じ方も感覚も違うけれど、
生きることによって創り出される「その人らしさ」というプロセス自体に変わりはない、
だからそこを拠り所にして、「あなたってどんな人?」と対話をしていけば良いのでは
ないか。


...こんなことを思っていたら、珍しく企業の新入社員研修の仕事を依頼され、先日、
100人の22歳、23歳と1日交わる機会を得ました。

そして思ったことは、
・感覚の違いがあることを認め
・こちらの価値観は、一旦、脇におき
・相手を『人』として見つつ『なぜそうなのか』を知ろうとする

と、ちゃんと通じるし伝わるな、ということでした。

こちらの先入観や思い込みでレンズが曇っていたり色がついていては、何も
見えてきません。

・相手をジャッジする前に、その『人』ありのままの姿に興味を持つ。
・相手が見せてくる“外向きの顏” にはどんな理由があるのだろうと思いを巡らす。


結局のところ、人と人に大切なのは『尊重と信頼』なのではないでしょうか。


...あなたは世代の違う方々と、どんな会話をしていますか?

いつか、令和・平成・昭和の三世代を集めて大きな大きなワイガヤの会を
やってみたいな・・・なんて思う今日この頃です。



 

メルマガ237号コラムより『桜よ、、、!』

  • 2019.04.13 Saturday
  • 10:49

配信日:April 12, 2019


『桜よ、、、』


あっという間に4月。新年度、新学期・・・皆様、いかがお過ごしですか?
今年の東京は入学式に桜の花がまだ残っていたようです。

先日近所の緑道を歩きながら満開の桜を仰ぎ見たときに、ふと気づいたことが
ありました。桜を仰ぎ見ることで「空」をみせてもらえるのだなあ〜と。
もちろん満開の花は美しいのですが、そのバックには大きな青空があり、
こんなにしっかりと空を見上げたのはいつぶり?と感じたのでした。

なんだ、そんなこと...と思われるかもしれませんが、あわだたしい毎日、
あなたは広々とした大きな空をどれほど見ているでしょう?


不思議なもので、身体の動きは心の情景とシンクロしてくれることがあります。
例えば、悩み事を上司や先輩に話すときに、会議室にこもって対峙するのでは
なく、二人で「前を向きながら歩いて」みる。

すると、

脳が活性化し、気持ち(感情)が動き、それまで考えていなかったアイデアが
湧いたり、盲点などに気づきやすくなります。文字通り、身体を「前に動かす」
ことで、心も「前向き」になり、解を見つけ出しやすくなるのですね。

私は研修でもこの手法で未来のタイムラインを歩く、というワークをよくやり
ます。一本の床に貼られたテープの上を、その時その時の未来の自分に臨場し
パートナーにその情景を語りながら先を歩いていくと、受講者の皆さんの顔が
明らかに変わってきます。

自分には未来があるんだ、
こんなことを思って(願って)たんだ、
おっかなびっくりで言ってみたけど、できるかも、、、

身体を動かすことで、思考と感情がうまい具合に一致していくのです。
これは机上でカレンダーを手に考えているだけでは、ちょっと得難い感覚
かもしれません。


・・・そして路上の私は、、、

桜の木を見上げることで、その時にふつふつと悩んでいたことから「見方を変える」
ことができたような気がしています。文字通り立ち止まり、視界を変えたことで。

「桜よ、、、ありがとう!」な新年度の始まりでした。


 

メルマガ236号コラムより『No Life...?』

  • 2019.03.23 Saturday
  • 10:45

配信日:March 22, 2019

 

 

『No Life・・・??』

 

先日駅までの道を歩いていたら、サーっとママチャリが横を駆け抜けて行きました。

その子供シートの背中には「No Play, No Life!」というステッカーが(笑)

 

だよね、子供は遊びなくしての人生はないのだ!と思わず顔がほころびました。

きっと子供に沢山遊ばせているママなのかな、、、とも。

 

そして私は、何がないと人生ではなーい!と思っているのだろう…と考えながら

残りの道を歩いたのでした。

 

 No challenge, No life…

 No cry, No life…

 No love, No life…

 

といかにも、なことが出てきます。

 

でも本当のところを言うと、一番最初に出てきたのは、

 

 No career, No life…

 

だったのです。

 

仕事が一番なんてどーよ?でも楽しいんやからええやん!

っと不毛な自問自答を繰り返し・・・

チャレンジも泣きも愛も全部含まれていて、"小林久美"を感じ

られるのが私にとっての仕事、なのだなーというところに着地。

 

じゃあ仕事以外では何があるんだろう?

・・・違う切り口で自分の人生、考え続けたいと思います。

 

 

あなたは、いかがですか?

 

何がないと私の人生じゃない!と思っているのでしょう?

 

 

もうすぐ新しいことごとの始まる4月。

 

今年度は、何に、そのエネルギーを思いっきり注ぎますか?

 

メルマガ235号コラムより『粘土層』

  • 2019.03.09 Saturday
  • 10:38

March 8, 2019

 

 

『粘土層』

 

私のいるリーダーシップやコミュニケーションとは?を企業の皆さんに

考えていただき変容を促す業界で、「粘土層」という表現があるという

ことを去年教わりました。

 

組織図を地層に例えた時、水も中々通らない動きのない層のことを、

こう呼ぶとか。これを企業との打ち合わせなどで口にすると、どなたにも

見事にストン!と腹落ちするようです。

 

これは何を物語っているのでしょうか...???

 

組織という枠、殻に守られていると、中々に外の変化は見えづらいし、

見なくても良いと思いがち。もしかすると自分はそれでも良いのかも

しれませんが、粘土層の下にいる人たちはどうなるのでしょう?

 

重いキャップ(蓋)が頭の上に乗っている、

何を言っても通らない、

新しいものが下りてこない、

 

このようなことになっている組織は残念ながら多いように、思います。

 

そしてこの“粘土化”は何も企業に限ったことではないですよね。

 

家庭内でも、

ご近所づきあいでも、

ママ友づきあいでも、

 

色々なところで起きている可能性はあって。

 

 

こんなことをエラそーに言っている自分も粘土になっていないか...!?汗

 

最先端をゆく我が家のJK娘にハナで笑われないように、気をつけたい春です!

 

 

 

このコラムのバックナンバーはブログまで

  http://kumikobayashi.jugem.jp/

 

 

 

 

calendar

S M T W T F S
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031
<< August 2019 >>

selected entries

categories

archives

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM