メルマガ145号コラムより「バイアスなるもの」

  • 2015.03.28 Saturday
  • 09:46

March 27, 2015
 
 
『バイアスなるもの』
 
 
先日、何年かぶりにパステルを使って自分の思いを紙に描くという体験を
してきました。
 
ワークショップを進行してくださったファシリテーターの方によると、
現在発見されている壁画の最古のものは約4万年前のものだそう。
その頃から人は描くという行為をしていた...もちろん当時は鑑賞やアートという
形ではなく、サバイバルのための根源的な欲求やニーズを表現していたのでしょう。
そんな”ヒトの原点”に立ち戻り、指で自分の思いを描く...という時間でした。
 
いきなり描くと言っても中々ハードルが高いもの。このワークショップでは、
自分で絵を描きだす前に一枚の絵を鑑賞する時間があり、色々な角度や
方向から「これは何に見える?」「中に入ったらどんな感じ?」と自分の内面に
問いかけながら、その絵について感覚を紐解くということをまず体験。
同じ絵なのに、他の参加者からはこうも違う言葉や感覚がでてくるくのか...
なるほど、そう見えたか〜!などなどビックリしました。
 
そしてその時に「視覚バイアス」という耳慣れない言葉を聞いたのです。
バイアス=偏りやゆがみという意味ですが、人は一度ある角度から見たものは
何度見ても同じ物に見えてしまうというもの。美術の教科書などに載っていた
「これは顔か花瓶かどちらに見える?」というような...あれです。
一度花瓶に見えてしまうと、横顔が二つあるようには中々見る事ができないもの。
 
--ありますよね、日常でもさまざまなバイアスが。
 
 私の方がぜったい正しい!
 他にどんな見方があるっていうの!?
 これ以上〜するのはムリに決まってる!
 
などなど。ははは
 
 
話を元にもどして。ミニ講義の後、いざパステルを手にしてみれば...
「混沌は暗い色であるべき」とか「波紋は丸く描かなくちゃいけない...」などと
頭が先行して指が動かない!色が決められない!という状態がしばらく続きました。
バイアスに縛られて、気持ちが色や形に全然つながっていかないのです。
 
結局30分ほど悶々と内なる闘い(または模索)をした後、フと自分が解放される
ような感覚になり、気づけば10本の指を使ってパステルで絵を描いていました。
バイアスが溶けたというような感覚の中で...
 
普段はコーチとして、身体や言葉を使っていますが、自分が大切にしている価値を
絵にしてみる、曝け出してみるという非常に贅沢で貴重な体験でした。
 
最後の振り返りのとき、「くみさんは混沌と言っているけど、綺麗な絵ですね!」
と言われてまたまたビックリ。人の感じ方って本当に違うのですね☆
 
 
...さて、あなたは日頃、どれくらい自分のバイアスに気づいていますか?
 

 
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「EGAKU」ワークショップを開催しておられる会社、

ホワイトシップのHPです:
http://www.whiteship.net/index.html
 
 
個人向けの講座、法人向けの講座など色々やっておられます。
自分の内面をEGAKUという不思議で魅力的な体験、オススメです。
 
とっても素敵なくにさんときみさんが迎えて下さいますよ〜!
 
Enjoy

 
 
 

メルマガ144号コラムより『操作しない』

  • 2015.03.14 Saturday
  • 10:42

配信日:March13, 2015
 
 
『操作しない』
 
 
今週末は娘が通う中学校で「学習発表会」なるものが開催されました。
日頃の子ども達の学習の成果を、学科ごとに掲示板に張り出して展示する
というもの。凝った切り絵の作品から職業新聞、府中の歴史に理科の研究
などなど...年齢的に自分のことを余り話さなくなった子ども達の頭の中を、
見せてもらえる良い機会となりました。
 
色々楽しく見ている中でフと気づいたのは、綺麗にまとめようと頑張って
いるものよりも、思ったことを“ありのまま”表現してある作品の方が、
無骨でも勢いやその子の思いが伝わってくるということ。
良し悪しではなく、作品として何か魅かれるものを感じました。
 
ああ、この子は本当に音楽が好きなのだなあ...とか
この子は切り絵を凄く楽しんでやったのだろうなあ...など。
見ている側の何かが掻き立てられました。
 
 
そして、これはコーチング的な対話でも同じだなと思うのです。
話し手の言葉をこちらが綺麗にとりまとめようとした瞬間に嘘っぽくなり、
こうしようああしようとこちらが勝手に思うと、自らの策に溺れたりします。
それよりも、何気なく直感で感じたことをスッと表現した時の方が
ホームラン!になったりするのですね☆
 
相手の『本当』を引き出したいのなら、あれこれ操作しないで聴ききる。
 
こちらが操作しようとした瞬間に相手はそれに気づき、感じていること
ではなく大人として思考したことを綺麗にまとめようとしてしまうからです。
もちろんそこにも『本当』はあるのでしょうが、「ああ、そうか!」と感じる
ような“勢い”はそがれ、どこか表面的になってしまうキケンがあります。
 
 相手の成長や変容を願いつつ
 相手への興味を持ちつつ
 相手の全体を聴き取る。
 
コーチング的対話とは、例えるならば、話し手の腑から出て来るような言葉を
こぼさずに拾い上げ返していく作業なのかな... と思わせてくれた展覧会。
 
来年はどんな”子供たち”に出会えるのか、とても楽しみです。
 
 

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